目撃者に出来ること

 最近の中学生は、堂々とスピーチが出来るようになったと感じる。
私の勤務校では、弁論大会がある。昨日は2年生の弁論を聞く機会があった。
外国人への差別意識・SNSの危険・代理出産と人権・いじめ問題・高齢者の認知症などなど、多岐にわたる話題だった。
 自分自身の祖父の認知症についての話には、胸が詰まった。中学生でもここまで考えるのかと感心した。
その中で気になったのは「いじめ」についての話。
小さい子が苛められているのを目撃したけれど、すぐに助けることが出来なかった自分を反省するものだった。
 そのことで、以前娘の授業参観で感じた疑問を思いだした。

それは道徳の授業だった。扱われたのは「いじめ」。
いじめを見た時、怖くて友達を助けられなかった、という作文を読んだ後、自分ならどうするか、を訊ねる。助ける、という児童も助けないという児童もいた。
教師はどちらを正しいとも言わない。
そういう場合どうするか、私自身は娘に教えていた。大人を呼べ、と。
「他の意見はありますか?」という問いかけに、彼女は私が教えた通りに意見を言った。
「ああ、そういう方法もありますね。」
……軽くスルーされた。
は?
非力な子どもができる方法としてはそれがベストでしょ~!!
学校での道徳教育がいかに不備なものかを思い知った参観だった。

「怖い」というのは、危機意識であり、臆病とは違う。自分の身を守ることは大切なことだ。
単身で友達を助けようとするのは立派かもしれないが、場合によっては無謀なこと。
「助ける」「助けない」の二者択一はおかしなことだ。
仮に、目撃したのがいじめではなく恐喝だったらどうするの?
当然警察呼ぶでしょう!
いじめているのが自分より弱い小さい子なら、自分で助けることもできる。つまりは力関係を考えなければならないわけだ。
「誰かに知らせる。」
それだけで、助けになるのに!
そんなことさえ教えない道徳教育だから、自分は助けられなかった、と力のない子どもが胸を痛めることになるのだ。この子も同じような道徳教育を受けたのだろう。それを思うと腹立たしい。
彼女の弁論は問題提起になると思う。私自身は道徳にはかかわらないのだが、何を教えるべきかについて意見は述べたいと思っている。

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この記事へのコメント

2014年09月30日 16:39
最近の道徳では答えを求めないと言われますけれど、子供が自分で対応できない場面では大人に連絡するのはベストでしょうね。
子供だけでは限界があります。
2014年09月30日 22:01
ぼくは、正義を正義とすることやいけないことはいけないとする教えや力で屈服させる卑怯とかを妙な機会均等主義で角を矯めてきた戦後教育のせいだと思います。いじめられる子にも問題がある、そんなこと昔は決して言いませんでした。不正をなす側に問題がある、それが日本人の信奉してきた正義です。その意味で、子どもだけでは解決できない場合には親や大人が裁定する回路があっていいと思います。
2014年10月02日 23:56
はなさん
コメントありがとうございます。
「助けを求める」という選択肢を教えないことに、疑問を持ちました。必要なことですよね。
2014年10月03日 00:07
ごろーさん
道徳教育はだんだんおかしくなった気がします。子供の参観や、学校で目にする教案などからそう感じます。何が言いたいのか分からない。「権利の木」なんていうものがあります。(マニュアルです)「いろんな権利がありますね。どれが大切だと思いますか?人にはいろんな考えがありますね。」とか。何教えたいのか分からない。
「修身の教科書は良かった」という意見を見ました。一部だけですが見る限り、そうかもしれないと思いました。
2014年10月13日 09:20
‘「ああ、そういう方法もありますね。」
……軽くスルーされた。‘
この件、非常に私達大人にとって考えさせられる箇所ですね。
私も‘いじめ‘を目撃したら第三者の大人に頼るのが一番だと思います。学生が自分で対応すると今度は自分が標的になるかも知れませんから。
スルーされた理由としては‘眼中にない‘だと思います。
つまり‘大人に何が出来るの?‘
っていう疑問から始まる。
町内の煩いオバサンや、街の頑固ジジイ…
そんな人も居なくなったし、家族以外の大人との係り合いも無くなりましたからね…
2014年10月17日 00:25
ことっちさん
「眼中にない」のは、答えとして教師が想定していないからかもしれません。マニュアルにない、ということかと思います。
確かに、一昔前のように近所ぐるみで子どもを育てる、という雰囲気は失われた感がありますね。子供たちとの人間関係がないから、注意すべき時にも注意ができず、些細なことでも学校に電話したりする人がいるようです。
2014年10月23日 02:36
中学校で弁論大会があるなんて、優秀ですね。小さいころから、鍛えられて、物事を深く考えることができるでしょう。
私は高校時代に友達に誘われて、弁論部に入って、何にも書けなくて、ノイローゼになりました。でも良い経験でした。
苛めの問題は、深刻ですね。イギリスでは、徹底的に、苛めている子供に「何故苛めるのか?」と質問して、苛めている子供の心理状態を救ってやるというか、解放させるとかいっていました。日本では、なんだか曖昧に済ませますね。
私も、小学校時代に「御蔵に住んでる御蔵の子!」と言って地主に子供に苛められました。私の知らないうちに母が先生(女性)に相談して「あんたら、紗世さんを苛めたでしょう!先生、望遠鏡で見てたよ!」と言って下さって苛めが止みました。でも私は中年になってから母に聞くまで、そのことは全く知りませんでした。
2014年10月25日 00:17
イジメは難しい問題ですね。いじめている子は、心が育っていないんですね。また、自分がコントロールできなかったりする。隠れてするものを見つけ出して止めさせるのって、相当難しいと思います。
紗世さんの場合、お母さまと先生がしっかり対処してくださって、良かったですね。やはり、大人の責任が大きいかと思います。
2014年12月06日 09:19
いじめの相関関係は、強い者が弱い者に対して行う行為であり、弱い者が強い者に対して行う行為ではないと思われますよね。

しかし、実は、弱いとされている方が先に仕掛けている場合も
ある事は事実です。

弱者を装い巧く立ち回る輩も存在します。


2014年12月06日 17:47
kazukunさん
おっしゃるとおりです。6月22日に書いた「イジメ?」と言う記事があります。もしやイジメか?と疑って担任に調べてもらったら、いじめられているかに見えた生徒が仕掛けていたと分かりました。
昔は弱者だったけれど、いつのまにか圧力団体になっちゃってた、ということもありますね。「強制連行された」とか弱者を装う人たちも確かに存在します。

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