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<<   作成日時 : 2018/05/21 21:48   >>

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 親族の見舞いでマリア病院に行きました。正面入り口近くには、マリア像がありました。中に入ると、病棟には「エマオ館」とか「ナザレ館」とか、新約聖書に出てくるキリストに関係した地名がつけられていました。病室の壁には、キリストが付けられた小さめの十字架がかけられていました。
 たいていの人は、「ああ、キリスト教の病院なんだな。」で終わるでしょう。しかし、聖書を知っていれば多くの「間違い」に気づきます。たとえば、マリアは信仰の人ではありましたが一人の人間なので、崇拝の対象とすべきでないこと、聖書では、「像を拝むこと」が繰り返し禁じられていることなどです。そして、さらに大きな「間違い」は十字架像です。
 第一に、イエスはローマ人に処刑されましたが、彼らが使っていたのはまっすぐな一本の木であって、十字に組まれたものではありませんでした。そのことは歴史資料により明らかにされていますし、聖書中の表現も日本語なら「杭(くい)」、英語ならば「スティック」になるからです。
 第二に、「遺影」を飾るならどんなものを選ぶか、ということを考えてください。昔の家には座敷に先祖の遺影がかけてあったものですが、みな紋付とか正装にしたもので、できるだけきれいに写っているものを選んだのではないでしょうか?どこの世界に、瀕死の苦しみもだえる写真を遺影にする人がいますか?故人のそうした姿を喜ぶ者がいるとすれば。その人に対し激しい憎しみを持つ者以外には考えられません。
 第三に、苦悶の遺影を選ばないのと同様、敬愛する故人を死に至らしめた処刑の道具を、おがんだりするものでしょうか?あるいはそれを、アクセサリーにして身につけたりしますか?そのように、「ふつうの感覚」をもって考えれば、「間違い」という意味が理解していただけると思います。

 人は最初に知った事柄を、抵抗なく受け入れてしまうものです。しかし立ち止まって考えると、道理に合わないことは世の中たくさんあります。聖書では今は「終わりの時代」と書かれています。生じた疑問にフタをして生きることもできますが、「終わりの時代」にそれは命を失うことにつながるかもしれません。「なぜ?」という疑問にフタをしないでください。答えは確かにありますし、それは大きな祝福につながるものだと聖書は教えているのです。

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