十戒

宗教は、平和ではなく問題を作りだしていますが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教共通に聖典としているものに含まれているのが旧約聖書の「十戒」です。
今日は、それを取り上げてみたいと思います。
「十戒」は聖書の出エジプト記20章にあります。

要約すると
1 エホバ(ヤハウェ)以外を神としてはならない。
2 どんな偶像も作ってはならない。
3 神の名をいたずらに取り上げてはならない。
4 安息日を守り、どんな仕事もしてはならない。
5 父と母を敬いなさい。
6 殺人をしてはならない。 
7 姦淫を犯してはならない。
8 盗んではならない。
9 嘘の証言をしてはならない。
10 何であれ、仲間の持ち物を欲しがってはならない。

聖書からの引用(番号は節を示す)

2 「わたしはあなたの神エホバ,あなたをエジプトの地から,奴隷の家から携え出した者である。
3 あなたはわたしの顔に逆らって他のいかなるものをも神としてはならない。

4 「あなたは自分のために,上は天にあるもの,下は地にあるもの,また地の下の水の中にあるものに似せたいかなる彫刻像や形も作ってはならない。5 それに身をかがめてはならず,さそわれてそれに仕えてもならない。あなたの神であるわたしエホバは全き専心を要求する神であり,わたしを憎む者については父のとがに対する処罰を子にもたらして三代,四代に及ぼし,6 わたしを愛してわたしのおきてを守る者については愛ある親切を千代にまで施すからである+。

7 「あなたの神エホバの名をいたずらに取り上げてはならない。その名をいたずらに取り上げる者をエホバは処罰せずにはおかないからである。

8 「安息日を覚えてそれを神聖なものとするように。9 あなたは六日のあいだ務めをなし,自分のすべての仕事をしなければならない。10 しかし,七日目はあなたの神エホバに対する安息日である。どんな仕事もしてはならない。あなたもあなたの息子や娘も,あなたの男奴隷や女奴隷も,あなたの家畜,そしてあなたの門の内にいる外人居留者も。11 エホバは六日の間に天と地[と]海とその中のすべてのものを造り,そののち七日目に休みに入ったからである。それゆえにエホバは安息日を祝福して,それを神聖なものとしているのである。

12 「あなたの父と母を敬いなさい。それはあなたの神エホバの与える地においてあなたの[命の]日が長くなるためである。

13 「あなたは殺人をしてはならない。

14 「あなたは姦淫を犯してはならない。

15 「あなたは盗んではならない。

16 「あなたは仲間の者*に対する証人となるとき偽りの証言をしてはならない+。

17 「あなたは仲間の者の家を欲してはならない。仲間の者の妻を,またその男奴隷,女奴隷,牛,ろば,仲間の者に属するどんなものも欲してはならない」。


「エホバ以外を神としてはならない」について
ユダヤ教徒イスラム教は、名前はともかく、唯一の神を崇拝しているという点ではOKと言えるでしょう。
キリスト教は、「父と子と聖霊」の3つを一緒くたにする「三位一体」の教理により、違反していると言えます。

「偶像を崇拝してはならない」
ユダヤ教とイスラム教は偶像崇拝を禁じており、掟を守っていると言えます。一方キリスト教は、マリア像やキリスト像、そのほか聖ペテロだのなんだの、色々と偶像を作っていますね。明らかに掟に違反しています。

「神の名をいたずらにとりあげてはならない」
イスラム教の「アラー」というのは、名前ではなく「神」と言う意味らしいです。固有名詞ではなく普通名詞。ユダヤ教は、「いたずらに」つまり「敬意を欠いた仕方で」取り上げてはならない、というのに、「全く取り上げない」ようにしてしまったのは、神の意図とは違ってしまっています。
キリスト教は、聖書の「その名をエホバと言う」など、どうしても取り除けない2カ所ほど以外、もともと7000近くあった神の名を、すべて「主」「神」という言葉に置き換えてしまいました。非常に不敬なことです。

「安息日を守らなければならない」
ユダヤ教は、今も守っているらしいですね。エレベーターのボタンを押すことさえすべきではないと、安息日には自動運転になると聞いたことがあります。でも、そういう形式にこだわることを、神は意図されたのではありません。そのことをイエスは、「安息日に羊が穴に落ちたら、救わないのか?」と問いかけ批判したことが記録されています。形式より、意味を考えることが大切なはずですよね。
この律法の有効期限はキリストが現れるまでだったので、今は厳密に守ることを義務づけられてはいません。しかし、安息日の精神―つまり仕事を休んで、神の教えを学ぶ時間を取り分ける―は、今の時代むしろ大切なのではないでしょうか。

5~9は、当然の道徳規範ですね。

注目すべきは、10番目の掟です。
これは、行動の規範ではなく、心の規範です。貪欲や強欲を戒めているのです。「欲しがって」いるかどうかは、見かけでは分かりません。しかし、この傾向つまり貪欲な心や思いがあれば、「盗み」などの不正行為に発展しかねません。罪につながるような心の持ち方を戒めているこの掟は、非常に優れたものと言えると思います。

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