「星」は誰から?
今日はクリスマス・イブ。
今の日本では、クリスマスにキリストを思い出す人は少ないだろうから、むしろ本来の姿に近いのかもしれませんが。
だったら「冬至フェスティバル」とかキリストの名前使わなければいいのに、と思っちゃいます。
もともとキリストとクリスマスは無関係。
まあ、異教徒のキリスト教化をねらった教会の策から始まったものだから仕方がないんですけど、ねらいとは逆にキリスト教が異教化してしまいましたね。
イエスの誕生日は聖書に記されてはいませんが、12月では決してありません。
イスラエルだって、この時期はとても寒いんです。だから、羊飼いが屋外で羊の番をしていたりはしないんですね。
誕生日は10月の初めと考えられます。
マリアの出産はよく知られているように、馬小屋ででした。
その理由は、ヨセフとマリアは故郷への旅行中だったため。
宿屋がいっぱいで、仕方なく馬小屋で夜を過ごすことになった日にイエスが生まれたからなのです。
だいたい、馬小屋なんて子どもを生みたい場所じゃあないですよね?
そのうえ、寒い時期に暖房もなしでは、あまりに過酷に過ぎるんじゃありませんか?
じつは当時彼らが住んでいたのはナザレというところで、ベツレヘムではなかったのです。しかし、聖書はキリストがベツレヘムで生まれると予告していたから、生まれるのはベツレヘムでなければなりませんでした。
ローマ皇帝から、故郷に帰って登録するようにとの布告が出たため、身重のマリアもヨセフとともに出かけて行ったということです。
クリスマスには、雪の中飼い葉おけのキリストのもとに、3人の博士が訪れる、と言う場面がよく描かれます。
雪の中、馬小屋なら赤ん坊が凍死してしまうじゃないですか!
聖書によると、3博士が来たのは馬小屋ではなく家で、そのときイエスは赤ん坊ではなく「幼子」つまり幼児だったと記されています。つまり、誕生からすでにしばらくの時が過ぎていたということですね。
問題は、その博士たちをイエスのもとまで導いたという「星」です。
その「星」は、博士たちをまっすぐにイエスのもとに導いたのではありません。まず彼らを連れていったのは、ヘロデ王のところでした。
王は博士たちに、自分もキリストに敬意をささげたいから、見つけたら報告するように、と言い渡します。
実際は、ヘロデ王はキリストを殺そうとしていたのです。
博士たちはイエスを見つけた後、夢で神から王のもとへは戻らないよう告げられ、別の道を通って帰ってしまいます。
そのことを知り怒ったヘロデ王は、ベツレヘムとその地域の2歳以下の男の子をすべて殺させました。
イエスと両親は神からの警告により、直前にエジプトに逃げていました。
では例の「星」。
イエスの命を危険にさらし、罪もない幼児虐殺をもたらしたこの「星」は誰からのものだったのでしょうか?
神であるはずはないですね?
神ではなく、「星」を博士(占星術者)たちに見せることができたのは?
悪魔しか考えられません。
一番イエスを殺したい者だから。
クリスマスツリーのてっぺんに飾られる星。
イルミネーションにもよく使われているんだけど、実はこういういわくがあるのです。
そんなことどうでもいいわ、と言う方が多いかとは思うけど、いろいろな物事の起源や意味にも、ときには関心を持っていただきたいものです。
ここに書いたこと、聖書のルカによる書の2章と、マタイによる書の2章に書かれています。関心のある方は、ご自分でお確かめください。
オンライン聖書もありますし。
今の日本では、クリスマスにキリストを思い出す人は少ないだろうから、むしろ本来の姿に近いのかもしれませんが。
だったら「冬至フェスティバル」とかキリストの名前使わなければいいのに、と思っちゃいます。
もともとキリストとクリスマスは無関係。
まあ、異教徒のキリスト教化をねらった教会の策から始まったものだから仕方がないんですけど、ねらいとは逆にキリスト教が異教化してしまいましたね。
イエスの誕生日は聖書に記されてはいませんが、12月では決してありません。
イスラエルだって、この時期はとても寒いんです。だから、羊飼いが屋外で羊の番をしていたりはしないんですね。
誕生日は10月の初めと考えられます。
マリアの出産はよく知られているように、馬小屋ででした。
その理由は、ヨセフとマリアは故郷への旅行中だったため。
宿屋がいっぱいで、仕方なく馬小屋で夜を過ごすことになった日にイエスが生まれたからなのです。
だいたい、馬小屋なんて子どもを生みたい場所じゃあないですよね?
そのうえ、寒い時期に暖房もなしでは、あまりに過酷に過ぎるんじゃありませんか?
じつは当時彼らが住んでいたのはナザレというところで、ベツレヘムではなかったのです。しかし、聖書はキリストがベツレヘムで生まれると予告していたから、生まれるのはベツレヘムでなければなりませんでした。
ローマ皇帝から、故郷に帰って登録するようにとの布告が出たため、身重のマリアもヨセフとともに出かけて行ったということです。
クリスマスには、雪の中飼い葉おけのキリストのもとに、3人の博士が訪れる、と言う場面がよく描かれます。
雪の中、馬小屋なら赤ん坊が凍死してしまうじゃないですか!
聖書によると、3博士が来たのは馬小屋ではなく家で、そのときイエスは赤ん坊ではなく「幼子」つまり幼児だったと記されています。つまり、誕生からすでにしばらくの時が過ぎていたということですね。
問題は、その博士たちをイエスのもとまで導いたという「星」です。
その「星」は、博士たちをまっすぐにイエスのもとに導いたのではありません。まず彼らを連れていったのは、ヘロデ王のところでした。
王は博士たちに、自分もキリストに敬意をささげたいから、見つけたら報告するように、と言い渡します。
実際は、ヘロデ王はキリストを殺そうとしていたのです。
博士たちはイエスを見つけた後、夢で神から王のもとへは戻らないよう告げられ、別の道を通って帰ってしまいます。
そのことを知り怒ったヘロデ王は、ベツレヘムとその地域の2歳以下の男の子をすべて殺させました。
イエスと両親は神からの警告により、直前にエジプトに逃げていました。
では例の「星」。
イエスの命を危険にさらし、罪もない幼児虐殺をもたらしたこの「星」は誰からのものだったのでしょうか?
神であるはずはないですね?
神ではなく、「星」を博士(占星術者)たちに見せることができたのは?
悪魔しか考えられません。
一番イエスを殺したい者だから。
クリスマスツリーのてっぺんに飾られる星。
イルミネーションにもよく使われているんだけど、実はこういういわくがあるのです。
そんなことどうでもいいわ、と言う方が多いかとは思うけど、いろいろな物事の起源や意味にも、ときには関心を持っていただきたいものです。
ここに書いたこと、聖書のルカによる書の2章と、マタイによる書の2章に書かれています。関心のある方は、ご自分でお確かめください。
オンライン聖書もありますし。
この記事へのコメント
うわ~、クリスマスにも色々なカラクリが有るのですねー・・・
日本人は、兎に角宗教には無頓着な人が主流なので、私を含めて‘クリスマスのは家族の為にケーキと御馳走とプレゼント‘って言う感覚(^^;f また丁度この時期が2学期の終業式付近なので子供に対して‘お疲れ様‘って言う感覚で流行ったのかも知れませんネ。
しかし2歳以下の子供を全員殺すなんて・・・外国には野蛮な話が多いですね・・・。
家族が楽しい時を過ごすのは、とても素晴らしいことなんですが、楽しければ何でもいい、と言う傾向が見られますね。(以前は私も何も知らなかったので、偉そうなことは言えないんですが)最近流行ってきたハロウィンは、もっとおぞましい起源を持っているようです。
クリスマスと言えばサンタクロースだけど、考えてみるとキリストとサンタクロースが何の関係があるのか、奇妙ではありませんか? クリスマスは大人が寄ってたかって子どもを騙す日、なんていうと叱られちゃうだろうけど、プレゼントはパパからママから、でいいのではないでしょうかね?
丁度、昔は十戒とかベン.ハ―とかking of kingsとか、エル.シドとか面白い宗教映画が多かったです。
私はイエス.キリストって本当にいたような気がします。
でも、ローマ帝国の国教になってから、ちょっとキリスト教の性質が変わったような気がします。
良かったのか、悪かったの分かりませんけど。
ハリウッドは、昔は聖書を基にした映画をたくさん作っていたようですね。マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの4福音書は、イエスの目撃証人が書いたものです。イエス以上に世界の歴史に影響を与えた人はいません。歴史上の実在の人物に間違いはありません。
キリスト教がローマ帝国に迫害された理由の一つは、皇帝崇拝をしなかったことです。キリスト教が変質したから、国教になったのです。その後、多くの「血の罪」を犯すようになっています。神から見て、最も罪が大きいのはローマ・カトリックでしょう。免罪符、十字軍、異端審問、中南米での悪行などなど、おぞましい歴史を持っています。ナチスに協力もしてますしね。
マルチン.ルーテルの宗教改革はローマ帝国の国教になって変質したキリスト教を正しくしようとしたわけなんですか?
でも、最近ではアメリカのブッシュJr.が、イラク攻撃をする前に教会で祈りを捧げたと言うニュースの映像を見ますと、プロテスタントも時がたつと変質するのかなあと思いました。アメリカでは、アイルランド系やイタリア系よりWASP(白人で、プロテスタント)の方が上流階級だと聞きましたけど、そうなんですかね?
人種のサラダボールと言われるアメリカですが、差別は厳然とあるようです。イギリスに至っては、ものすごくはっきりした階級社会であるそうです。
宗教の変質は、洋の東西を問わずあるのではないでしょうか。戦争の時は、同じ宗派の司祭や牧師が、どちらも神に戦勝祈願をしたそうです。従軍牧師というものがあったそうです。日本でもほとんどの宗教が、戦勝祈願をしたのではないでしょうか。
「剣を取るものは剣によって倒れる」とキリストは言われたのにね。
でも正義のアメリカは、道義のない日本の勝ちましたよ。
この場合、剣を取るものとは日本を指しているのでしょう。
実は、私は小学校の6年生の時にノ―ちゃんという友達に誘われて、初めて教会(聖公会)に行ったのです。
ノ―ちゃんも、教会も、私にはもの凄い異文化でしかも高い教養であると思われました。彼女がカソリック系のお嬢さん学校に入学したこともあって、私にはキリスト教が上流階級に見えました。最近64歳になって、初めて小学校のクラス会があったのですが、ノ―ちゃんは病気で亡くなったと聞いてとても残念でした。ホントに会いたかったのです。でも、日本ではミッションスクールと言うと、お金持ちのお嬢様が行く学校というイメージがあります。英語の先生が「ホントは救済院って言う意味なのにね」と言っていました。
それで、私には、キリスト教は憧れでもあるし、とても入れないハイソサエティの様にも見えるのです。
カソリックの話かもしれませんが、洗礼を受けるには「キリストの肉体と精神に復活を信じるのと、マリアの精霊による処女懐胎を信じるのと、神様とイエスキリストと神父を含める法王庁の三位一体を信じることができる人が洗礼を受けることができると聞いたので、「ああ私にはとてもできないなあ」と思いました。それで、キリスト教に興味はあるのですが、何となく斜めに見てしまうのです。
従軍牧師で思いだしましたけど、「若草物語」は好きです。
赤毛のアンも大好きなのですが、実際のモンゴメリーは、両親に死なれて、伯母さんの世話で、大学に行ったのですがローゼ、ケベックのフランス系の農村青年と恋愛して伯母さんに止められて、イギリス人の牧師と結婚したらしいです。
ノ―ちゃんとそんな話がしたかったです。
ごめんなさい。日頃のキリスト教にたいする疑問をぶつけてしまって、済みませんでした。自分でも、何にも信じられない恐怖は感じているのです。何かを信じられるっていいなとか、同じ考え方でお友達ができるのはいいなとは思っているのです。
人はもの凄い絶望感にさいなまれていたら、何かを信じて救われたいと思うでしょう。
そういう境遇になったことがなければ、信仰は得られないかもしれません。クリスチャンホームで育てられたら、早くから、信仰に入る人もいるかもしれませんけど。
とにかく、なんでもかんでも、ぶつけてしまって、済みませんでした。悪気は無かったのですけど、気を悪くしないで、お許し下さい。
こちらこそ、お気を悪くさせたのならすみません。
キリスト教に関心お持ちの方にお出会いできたこと、嬉しく思っています。